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全国勤労者スキー協議会(以下、全国スキー協)は、1969年2月10日に誕生しました。東京オリンピックを前後して、国民のスポーツ欲求がたかまった時期でした。会員がスポーツ活動の主人公として、スキークラブをつくりその活動の中で自らの欲求を実現し、人間的な成長をはかっていくという、新しいスタイルの運動体として発足しました。
こうして発足した全国スキー協は、スポーツは国民の「健康で文化的な生活」(憲法第25条)にとって不可欠であり”万人の権利”であると宣言して組織された新日本スポーツ連盟(以下、スポーツ連盟と略す)のスキー部門の全国種目組織として活動をすすめ、2004年2月で35年を迎えました。
全国スキー協は、「スキーの歴史的遺産を継承・発展させ、スキーを広く大衆のものとし勤労者の立場にたったスキーに対する正しい考え方、スキー理論とスキー技術の普及と向上をはかる」、その実現のために「広範なスキー関係者との連携と協力・協同をはかる」と規約に明記しています。
このことは、スポーツは人間の発達、人格形成に不可欠であり、身体的、知的、道徳的能力を発達させるという価値や社会的文化的価値があることを明らかにし、国民の権利として保障させていくという活動の基本と、スキーの未来への展望を示すものです。
日本のスキー市場規模は大変大きく、世界市場でのスキー産業の草刈場の様相を呈しています。
大企業のリゾート開発の中心としてのスキー場「開発・造成」は、地元の意思とはかけ離れ儲け本位にはしり、自然環境問題は常につきまとっています。
スキーリフトの延長、高速化や長時間営業のスキー場などで滑走時間は大幅に延びています。
日本独特のスキー修学旅行の増加や中・高年齢者のスキー愛好者が増加し、多様なスキー活動となっています。
一方、長時間、過密労働などで、スキーを通じての仲間との交流や自然に親しむなど、本来の楽しみができにくい傾向も見られます。
その他、スキー場などでの事故、遭難事故、プラスチック靴の突然破壊やスキー場の汚染などもおきています。
このように、スキーを取りまく環境はいちじるしく変化してきました。
こうした状況とともに、スキーヤーをとりまく社会、経済状況をとらえることも大切です。
バブル崩壊後の不況は、大企業本位の合理化、産業の空洞化などによる勤労者へのしわよせとなっています。その上、公共料金の値上げは生活を圧迫しています。
また、小選挙区の導入や有事立法の検討など民主主義をないがしろにする動きがある中で、スポーツマン自らの、平和と民主主義を守りスポーツ環境を良くする取組が求められています。
多くの愛好者、スキー関係者と協力し、スキーをスポーツ文化として、先人からの遺産をしっかり継承し、さらに創造・発展させ次代につなげたいものです。
雪におおわれた山々。雪をかぶった木々。雪は私達にスキーをする歓びを与えてくれました。雪山は大自然の生きている気配と、人間の生への喜びが交錯し、雪を、山を思い、仲間に思いを馳せる不思議な魅力を持っています。
ノルウェーのレェディー洞窟で見つかった壁画には、スキーをつけた狩人が描かれていました。この壁画は紀元前4500年も前のものと推定されています。古くは雪上の歩行具として利用され、現在のスキー・スポーツへと脈々と受け継がれてきたスキーは、生活と文化を漂わせ今も多くの人を魅了しています。
雪の山野を歩く、走る、滑るスキー。それは古来からずっと続いているシュプールなのです。スキーは大自然の中に、自分自身を体現することのできる夢に満ち、限りなく自由でほかに類のないダイナミックなスポーツです。
雪上を移動する生活の用具から、何かのきっかけでスキーを使って遊ぶことを知り、悠久の歴史を経てノルディックスキーとアルペンスキーに分化してきました。そして、遊ぶ中から競技、スポーツとして発展してきました。
ノルウェーの冒険家フリチョフ・ナンセンは「あらゆるスポーツの王者の名に値するスポーツがあるとすれば、それはスキーである」と表現したほどです。
雪上スポーツは、初めてスキーをする人から上級者まで、山スキー、フリースタイル、クロスカントリー、最近はスノーボードでと、雪の楽しみ方は多様になってきています。『あらゆる斜面を自由自在に、空を飛ぶように・・・』『ポールの中を最高の技術を駆使して、百聞の一秒を競うスピードを求めて』『雪の山野に夢と雄大な自然を求めて・・・』と、あらゆる年代の人が雪山を楽しんでいます。
厳しい冬の自然の中でのスキーへの思いと情熱が、科学的な成果と結び付き、仲間の中で励まし合いながら生涯スポーツとして続けられれば、スキーの可能性は大きく膨らむでしょう。 |